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[東京新聞] 週のはじめに考える 演説を残した大統領 (2016年08月28日)

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雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて−。さながら詩人の言葉遣いで世の理想を説く大統領でした。退任間近の今かみしめる名演説の数々です。

オバマ米大統領の広島訪問から三カ月。今もあの残響が私たちの心を揺さぶります。

「閃光(せんこう)と炎の壁は都市を破壊し人類が自らを破壊するすべを手に入れたことを実証した」

「世界はここで永遠に変わってしまったが、今日この都市の子供たちは平和の中で日々を生きていく。何と貴重なことか。そのことは守る価値があり、全ての子供たちに広げる価値があります」

「それは私たちが選択できる未来なのです」


◆プラハの責任と理想
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この広島演説が「核なき世界」を追求したオバマ大統領八年間の帰結なら、起点はやはり、あのプラハ演説でしょうか。

「核兵器を使ったことがある唯一の核保有国として、米国は行動する道義的責任を負っています。だから今日、私は信念をもって米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束しよう」

就任間もない二〇〇九年春。米大統領にしてここまで高潔な理想主義に、世界は目を覚まされたのでした。しかし、理想の高さが際立つのは、現実の壁がそれだけ高いからでもあります。

プラハ、広島の両演説にも共通した「私が生きている間には恐らく、その理想には到達できない」という絶望の現実です。それでも大統領は「私が何かを始めることはできる」と切り返します。忍び寄る諦観を振り払い、人々を理想の未来へと奮い立たすのです。

そしてもう一つの理想。黒人初の大統領が背負った宿命は「差別なき統合社会」の実現でした。


◆黒人初で背負う宿命
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原点は〇四年夏、民主党大会での基調演説です。自ら黒人としての生い立ちに触れつつ−。

「リベラルのアメリカ、保守のアメリカがあるのではない。黒人の、白人のアメリカ、ラティーノの、アジア人のアメリカがあるのではない。あるのはただアメリカ合衆国だけなのです」

当時、無名のイリノイ州議員だったオバマ氏を、その卓越した演説力で世界に知らしめ、四年後、黒人初の米大統領に押し上げた、まさに伝説の名演説でした。

ただ、この理想の前にもやはり現実の壁は立ちはだかります。白人による黒人への銃撃事件など、果てしない亀裂の現実です。

とはいえ、演説が全く無力だったわけではありません。例えば昨年六月、サウスカロライナ州の黒人教会で起きた白人至上主義者による銃乱射事件。犠牲となった牧師への追悼演説は、多くの人々が感涙にむせんだ名演説でした。

米ハーバード大出身の芸人、パックンことパトリック・ハーランさんの近著『大統領の演説』(角川新書)によれば、事件直後の法廷で憎むべき犯人と対峙(たいじ)した犠牲者の遺族は「神と私はあなたを赦(ゆる)す」と告げた。それは憎悪の連鎖を断ち、亀裂を埋め、やがて統合をもたらす「赦し」でした。

演説で大統領は、この「赦し」に込められた黒人たちの叫びを絞り出すように、賛美歌『アメージング・グレース(すばらしき神の情け)』を歌い始めたのです。

五千人を超す参列者も加わっての大合唱は全米に統合への共感を呼び起こした。その共感はまた、人種差別の象徴、南軍旗を各地で排除する動きにもつながっていった。

間違いなく大統領の演説力が後押しした世論でした。

今、任期八年の終幕を迎え「政治家」オバマ氏への評価はいろいろでしょう。現実に照らせばむしろ「理想倒れ」との厳しい評価が多いかもしれない。

けれども、多様な価値観が衝突する混沌(こんとん)の世の中で、人々が進むべき理想への道標を今ほど求めている時もない。説得力を秘めた言葉への渇望です。オバマ氏はそこに現れた希有(けう)な「言葉の政治家」ではありました。

ともかくも、秀でた演説力の根幹をなすのは、目先の政治的な駆け引きを超越し、自身の死後をも見通して語りかける本物の理想主義です。洗練された言葉遣いの端々にその「本物」を聞き取るからこそ、私たちは大統領の演説に心を揺さぶられるのでしょう。


◆広島の成果も踏まえ
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この夏、広島から帰ったオバマ氏は秋の国連会議に向けて、新たな核政策の検討を進めています。広島訪問の歴史的成果も踏まえた大統領の、新たな「核なき世界」への理想が、最後の国連演説で語られるかもしれません。

それは「ヒロシマ」「ナガサキ」がより長く、より深く世界の人々の胸に刻まれていくためにも、私たちがもう一度、オバマ氏の言葉で聞きたい理想なのです。

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