日銀が異次元緩和を総括検証し、緩和手法を変えたのは金融政策の限界からではないか。政策の誤りを認めないままではデフレ脱却など実現はできまい。
もはや壮大な社会実験は失敗に終わったということだろう。二〇一三年四月に始まった異次元緩和は、市場への資金供給量を二倍に増やす大胆な手法で「二年で2%の物価上昇」を達成すると約束した。だが、三年半たっても目標は未達どころか、物価は緩和前のマイナス水準に逆戻りした。総裁自身が直前まで否定していたマイナス金利政策を突然実施したが打開できず、短期決戦のはずが泥沼の持久戦に追い込まれた格好だ。
◆失敗続きの社会実験
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今回の緩和手法の変更は、量重視から金利重視への大転換である。しかし、総括検証では、国債を大量に買い入れることで資金をあふれさせる量的緩和など量の拡大について「効果を発揮したと考えられる一方、一五年以降は効果が弱含んでいる」とする程度で済ませている。
だが、量重視からの転換は、市場に出回る国債が少なくなり買い入れの限界に近づいてきたのが実情であろう。失敗を認めず、検証も不十分と言わざるを得ない。
黒田総裁はこれまでも「薬は飲み切らなければ効かない」と強調しつつ、薬の種類や量を増やし続け、その実、従来の薬がなぜ効かないのかの説明はせずじまいだった。手法を次から次へと多様化、複雑化させるばかりでは失敗を糊塗(こと)するためとみられても仕方あるまい。
新しい金利重視の手法は、短期金利をマイナス0・1%に維持する一方、長期金利は0%程度に誘導する。ただ、これもマイナス金利政策により超長期の金利が下がりすぎ、保険や年金の運用が難しくなる副作用が目立ってきたため、それを修正するためである。
要するに、これだけ大規模な緩和を三年半続けても結果がでないのは、「日銀理論」が実践してみなければわからない社会実験だったことを実証したといえる。いくらサプライズで市場にインパクトを与えても、政策が信用されなくなっては意味がない。
◆目標未達の真の理由
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総裁は物価目標が実現しない理由を(1)原油安(2)一四年四月の消費税増税(3)新興国経済の減速−により、長期間続いてきたデフレの慣れが一段と強まった、とした。
しかし、(1)〜(3)はいずれも日銀が解決できる問題ではなく、いくら金融緩和を強化しても目標達成は難しかったはずだ。
消費税増税の実施からはもう二年半がたっており、いまだに消費が回復しないのは増税以外に理由があると考えるのが普通だろう。消費が冷え込んだままなのは賃金が増えないのが最大の原因であり、社会保険料の負担も重くなっている。その一方、社会保障給付はカットされるのではという将来不安が消費を手控えさせている。
賃金が上がれば消費は増えるだろうし、デフレ慣れを払拭(ふっしょく)できるのも継続的な賃金の上昇であろう。それは金融政策だけでは実現できないことである。
賃金を上げるにはどうすべきか。三年前、政府は政労使会議で賃上げ要請し、大手企業でベアが復活、約3%と高いベアが実現した。しかし、中小や非正規には広がらず、翌年以降は経済低迷から大手のベアもしぼんだ。
つまり賃金が上がるには正規と非正規に分断された労働市場を改革すべく非正規を縮小していくことや、日本経済の実力を高めることが必要だ。それこそ政府の成長戦略であり、構造改革の断行である。
日銀だけが総括検証するのではなく、政府全体で経済政策を検証し、金融政策への過度の依存や日銀任せを改めるべきだ。
総括検証ではまったく触れられなかった重大な問題がある。それは異次元緩和が財政規律を一段と緩め、また株式市場の機能まで蝕(むしば)んでいることである。
◆触れられない大問題
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金利を異常に低く抑え込んでいるため、安倍晋三首相が「低金利の環境を利用した積極財政を」と指示するなど放漫財政を許す結果となっている。
異次元緩和はまた、株価指数に連動した上場投資信託(ETF)を年間六兆円も買い入れている。中央銀行が株価下支えに一役買っているうえ、大量の資金が企業の業績に関係なく広く投じられるため、業績や経営に問題ある企業をも見えにくくする弊害がある。
異常な金利は預金者や投資家らに多大な不利益を与え、日銀が買い込んだ国債は兆円規模の含み損を抱えて国民負担は避けられない。それでも黒田総裁は異次元緩和による便益の方が上回ると言い張るが、それだけでは国民は到底納得できるものではない。
もはや壮大な社会実験は失敗に終わったということだろう。二〇一三年四月に始まった異次元緩和は、市場への資金供給量を二倍に増やす大胆な手法で「二年で2%の物価上昇」を達成すると約束した。だが、三年半たっても目標は未達どころか、物価は緩和前のマイナス水準に逆戻りした。総裁自身が直前まで否定していたマイナス金利政策を突然実施したが打開できず、短期決戦のはずが泥沼の持久戦に追い込まれた格好だ。
◆失敗続きの社会実験
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今回の緩和手法の変更は、量重視から金利重視への大転換である。しかし、総括検証では、国債を大量に買い入れることで資金をあふれさせる量的緩和など量の拡大について「効果を発揮したと考えられる一方、一五年以降は効果が弱含んでいる」とする程度で済ませている。
だが、量重視からの転換は、市場に出回る国債が少なくなり買い入れの限界に近づいてきたのが実情であろう。失敗を認めず、検証も不十分と言わざるを得ない。
黒田総裁はこれまでも「薬は飲み切らなければ効かない」と強調しつつ、薬の種類や量を増やし続け、その実、従来の薬がなぜ効かないのかの説明はせずじまいだった。手法を次から次へと多様化、複雑化させるばかりでは失敗を糊塗(こと)するためとみられても仕方あるまい。
新しい金利重視の手法は、短期金利をマイナス0・1%に維持する一方、長期金利は0%程度に誘導する。ただ、これもマイナス金利政策により超長期の金利が下がりすぎ、保険や年金の運用が難しくなる副作用が目立ってきたため、それを修正するためである。
要するに、これだけ大規模な緩和を三年半続けても結果がでないのは、「日銀理論」が実践してみなければわからない社会実験だったことを実証したといえる。いくらサプライズで市場にインパクトを与えても、政策が信用されなくなっては意味がない。
◆目標未達の真の理由
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総裁は物価目標が実現しない理由を(1)原油安(2)一四年四月の消費税増税(3)新興国経済の減速−により、長期間続いてきたデフレの慣れが一段と強まった、とした。
しかし、(1)〜(3)はいずれも日銀が解決できる問題ではなく、いくら金融緩和を強化しても目標達成は難しかったはずだ。
消費税増税の実施からはもう二年半がたっており、いまだに消費が回復しないのは増税以外に理由があると考えるのが普通だろう。消費が冷え込んだままなのは賃金が増えないのが最大の原因であり、社会保険料の負担も重くなっている。その一方、社会保障給付はカットされるのではという将来不安が消費を手控えさせている。
賃金が上がれば消費は増えるだろうし、デフレ慣れを払拭(ふっしょく)できるのも継続的な賃金の上昇であろう。それは金融政策だけでは実現できないことである。
賃金を上げるにはどうすべきか。三年前、政府は政労使会議で賃上げ要請し、大手企業でベアが復活、約3%と高いベアが実現した。しかし、中小や非正規には広がらず、翌年以降は経済低迷から大手のベアもしぼんだ。
つまり賃金が上がるには正規と非正規に分断された労働市場を改革すべく非正規を縮小していくことや、日本経済の実力を高めることが必要だ。それこそ政府の成長戦略であり、構造改革の断行である。
日銀だけが総括検証するのではなく、政府全体で経済政策を検証し、金融政策への過度の依存や日銀任せを改めるべきだ。
総括検証ではまったく触れられなかった重大な問題がある。それは異次元緩和が財政規律を一段と緩め、また株式市場の機能まで蝕(むしば)んでいることである。
◆触れられない大問題
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金利を異常に低く抑え込んでいるため、安倍晋三首相が「低金利の環境を利用した積極財政を」と指示するなど放漫財政を許す結果となっている。
異次元緩和はまた、株価指数に連動した上場投資信託(ETF)を年間六兆円も買い入れている。中央銀行が株価下支えに一役買っているうえ、大量の資金が企業の業績に関係なく広く投じられるため、業績や経営に問題ある企業をも見えにくくする弊害がある。
異常な金利は預金者や投資家らに多大な不利益を与え、日銀が買い込んだ国債は兆円規模の含み損を抱えて国民負担は避けられない。それでも黒田総裁は異次元緩和による便益の方が上回ると言い張るが、それだけでは国民は到底納得できるものではない。