私たちは2度目の「戦争」をしているのだろうか??。世界を見渡して、そんな既視感を禁じえない。パリで起きた同時多発テロに対してオランド仏大統領は「戦争行為」だと非難し、対テロ大連合の形成を訴える。バルス首相は「新しい戦争」と呼び、「戦争という言葉を使わなければ実態を否定することになる」という考え方だ。
手ごわいテロ組織にフランスは軍事と政治、経済、外交、文化を含めた総力戦で立ち向かう。だから戦争だというのだろう。2001年9月11日の米同時多発テロを受けて米ブッシュ政権が「テロとの戦争」を始めた時も同じ理屈だった。
◇シリア内戦の終結を
だが、14年前のテロ直後に訪米して「戦争」という言葉に首をかしげたのは当時のシラク仏大統領だ。実際、ブッシュ政権の「テロとの戦争」はアフガニスタンからイラクへと戦線を広げ、軍事力偏重の単独行動主義に陥って、最後は国際的に孤立した。そのことを貴重な教訓とすべきである。テロ対策で大切なのは国際的な協調と連帯であり、軍事作戦はあくまでその一部に過ぎない。
オランド大統領は先週、英米独露の首脳と相次いで会談した。プーチン露大統領が、シリアでは過激派組織「イスラム国」(IS)以外は攻撃しない方向で歩み寄ったとされるのは明るい材料である。
だが、大きな進展があったとは言えないし、ロシア機撃墜をめぐるロシアとトルコの確執は頭が痛い。領空侵犯の有無に関して両国の主張は異なるにせよ、ロシアとのこれ以上の対立は避けたいところだ。
ここは北大西洋条約機構(NATO)を率いる米国の出番だろう。難民問題の「グラウンド・ゼロ(震源地)」であり、テロ組織の隠れ家でもあるシリアの内戦に終止符を打つには大局的な協力が必要だ。米国はロシアとトルコの和解を取り持つとともに、統制の取れた軍事作戦を行えるよう努めてほしい。
イスラム世界との連帯も不可欠だ。ブッシュ前大統領は軍事行動に関して「十字軍」と発言してイスラム諸国の反発を買い、あわてて訂正した。同盟国のイスラエルと「テロとの戦争」で共闘する姿勢を強め、アラブ諸国の離反を呼んだ。今日のシリアやイラクでの軍事作戦でも中東主要国の理解と協力が大切だ。
イスラム世界にも宿題はある。先の主要20カ国・地域(G20)の声明は、テロと特定の宗教を結び付けないと言明した。イスラム圏からの参加国への配慮だろう。確かに、パリを襲ったISや9.11テロを実行した国際テロ組織アルカイダなどの構成員は、16億人ともいわれるイスラム教徒の一握りに過ぎない。
彼らをイスラム教徒と呼べるかも疑問である。が、残虐な行為がイスラム教をおとしめている以上、イスラム世界と無関係とは言えない。ISのウェブ機関誌「ダビク」は複数の言語で発信しており、2月にワシントンで開かれた「暴力的過激主義対策サミット」は過激派の宣伝活動への対抗措置を申し合わせた。
そうであれば、イスラム世界はもっと大きな声で発信すべきだろう。聖典コーランには「何か悪事をなしたとかいう理由もないのに他人を殺害する者は、全人類を一度に殺したのと同等に見なされ(る)」(井筒俊彦訳)という一節がある。過激派の宣伝をはねのけ、テロは全人類に対する犯罪だとイスラムの聖職者らが言明し続けるよう期待したい。
◇イスラム世界にも課題
宗派対立も克服すべき問題だ。ISはスンニ派イスラム教徒の富裕層の寄付を受けて、イラクやシリアでシーア派や異教徒の殺害を続けているとの見方もある。テロ資金源を絶つには、こうした個人的な寄付にも目を光らせるべきである。
また、アラブ連盟の首脳会議は3月、ISへの対応も念頭に置いて危機即応部隊「アラブ合同軍」を設立する方針で合意した。いまだ設立の具体的な動きが見えないのは、スンニ派が多数を占めるアラブ諸国にとって、同じスンニ派を名乗るISと戦うことに抵抗感があるからか。テロ対策に関して、宗派の見えない壁があることは否定できない。
中東に過激主義がはびこる背景に、植民地支配や国境の恣意(しい)的な線引き(サイクス=ピコ協定)などへの怨念(おんねん)があるのは確かだろう。だが、線引きをやり直せば多くの問題が解決するわけではあるまい。中東の国々自身が経済システムを改善し、国民を豊かにする努力をすること。国家機能が事実上停止した「破綻国家」を国際協力によって立て直すことも大切である。経済的な面で日本が果たす役割もあるはずだ。
欧州にあふれる難民の問題は、中東・アフリカ地域が安定しないと根本的には解決できまい。苦悩する欧州に同情するとともに、その開かれた社会が排外主義に傾かないことを望みたい。他方、欧州で社会からはじき出されたイスラム教徒が過激思想に染まるような状況は一日も早く変えなければならない。
無論、簡単なことではないが、テロはまた起きないとも限らない。現状を変えるには、宗派や国の垣根を越えて人類としての連帯が必要だ。
2015年11月29日 02時30分
手ごわいテロ組織にフランスは軍事と政治、経済、外交、文化を含めた総力戦で立ち向かう。だから戦争だというのだろう。2001年9月11日の米同時多発テロを受けて米ブッシュ政権が「テロとの戦争」を始めた時も同じ理屈だった。
◇シリア内戦の終結を
だが、14年前のテロ直後に訪米して「戦争」という言葉に首をかしげたのは当時のシラク仏大統領だ。実際、ブッシュ政権の「テロとの戦争」はアフガニスタンからイラクへと戦線を広げ、軍事力偏重の単独行動主義に陥って、最後は国際的に孤立した。そのことを貴重な教訓とすべきである。テロ対策で大切なのは国際的な協調と連帯であり、軍事作戦はあくまでその一部に過ぎない。
オランド大統領は先週、英米独露の首脳と相次いで会談した。プーチン露大統領が、シリアでは過激派組織「イスラム国」(IS)以外は攻撃しない方向で歩み寄ったとされるのは明るい材料である。
だが、大きな進展があったとは言えないし、ロシア機撃墜をめぐるロシアとトルコの確執は頭が痛い。領空侵犯の有無に関して両国の主張は異なるにせよ、ロシアとのこれ以上の対立は避けたいところだ。
ここは北大西洋条約機構(NATO)を率いる米国の出番だろう。難民問題の「グラウンド・ゼロ(震源地)」であり、テロ組織の隠れ家でもあるシリアの内戦に終止符を打つには大局的な協力が必要だ。米国はロシアとトルコの和解を取り持つとともに、統制の取れた軍事作戦を行えるよう努めてほしい。
イスラム世界との連帯も不可欠だ。ブッシュ前大統領は軍事行動に関して「十字軍」と発言してイスラム諸国の反発を買い、あわてて訂正した。同盟国のイスラエルと「テロとの戦争」で共闘する姿勢を強め、アラブ諸国の離反を呼んだ。今日のシリアやイラクでの軍事作戦でも中東主要国の理解と協力が大切だ。
イスラム世界にも宿題はある。先の主要20カ国・地域(G20)の声明は、テロと特定の宗教を結び付けないと言明した。イスラム圏からの参加国への配慮だろう。確かに、パリを襲ったISや9.11テロを実行した国際テロ組織アルカイダなどの構成員は、16億人ともいわれるイスラム教徒の一握りに過ぎない。
彼らをイスラム教徒と呼べるかも疑問である。が、残虐な行為がイスラム教をおとしめている以上、イスラム世界と無関係とは言えない。ISのウェブ機関誌「ダビク」は複数の言語で発信しており、2月にワシントンで開かれた「暴力的過激主義対策サミット」は過激派の宣伝活動への対抗措置を申し合わせた。
そうであれば、イスラム世界はもっと大きな声で発信すべきだろう。聖典コーランには「何か悪事をなしたとかいう理由もないのに他人を殺害する者は、全人類を一度に殺したのと同等に見なされ(る)」(井筒俊彦訳)という一節がある。過激派の宣伝をはねのけ、テロは全人類に対する犯罪だとイスラムの聖職者らが言明し続けるよう期待したい。
◇イスラム世界にも課題
宗派対立も克服すべき問題だ。ISはスンニ派イスラム教徒の富裕層の寄付を受けて、イラクやシリアでシーア派や異教徒の殺害を続けているとの見方もある。テロ資金源を絶つには、こうした個人的な寄付にも目を光らせるべきである。
また、アラブ連盟の首脳会議は3月、ISへの対応も念頭に置いて危機即応部隊「アラブ合同軍」を設立する方針で合意した。いまだ設立の具体的な動きが見えないのは、スンニ派が多数を占めるアラブ諸国にとって、同じスンニ派を名乗るISと戦うことに抵抗感があるからか。テロ対策に関して、宗派の見えない壁があることは否定できない。
中東に過激主義がはびこる背景に、植民地支配や国境の恣意(しい)的な線引き(サイクス=ピコ協定)などへの怨念(おんねん)があるのは確かだろう。だが、線引きをやり直せば多くの問題が解決するわけではあるまい。中東の国々自身が経済システムを改善し、国民を豊かにする努力をすること。国家機能が事実上停止した「破綻国家」を国際協力によって立て直すことも大切である。経済的な面で日本が果たす役割もあるはずだ。
欧州にあふれる難民の問題は、中東・アフリカ地域が安定しないと根本的には解決できまい。苦悩する欧州に同情するとともに、その開かれた社会が排外主義に傾かないことを望みたい。他方、欧州で社会からはじき出されたイスラム教徒が過激思想に染まるような状況は一日も早く変えなければならない。
無論、簡単なことではないが、テロはまた起きないとも限らない。現状を変えるには、宗派や国の垣根を越えて人類としての連帯が必要だ。
2015年11月29日 02時30分