内向きになり閉ざしてしまう。好ましいことではありません。でも理由がある。深い痛みや不安…。それを癒やさずには前に進めない。TPPの話です。
八月十一日。リオ五輪で女子200メートル平泳ぎの金藤理絵選手が金メダルを取るなど、水泳陣の活躍に歓声が上がりました。でも環太平洋連携協定(TPP)推進派の人たちには落胆の日です。
それまで言葉を慎重に選んできた民主党の大統領候補、ヒラリー・クリントン氏がTPPに反対を明言したのです。
◆早期発効に暗雲
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アメリカの自動車産業の集積地、ミシガン州での集会です。
「現在も選挙後も、大統領になってからも反対する」
「雇用を減らし、賃金を下げるすべての貿易協定を止める」とクリントン氏は訴えました。
共和党候補のドナルド・トランプ氏は「TPPからの撤退」を繰り返しています。議会承認のカギを握る米下院議長も再交渉を求めており、協定の早期発効に暗雲が広がりました。
TPPはオバマ大統領の最重要政策のひとつです。
参加国は日米豪やマレーシアなどアジア太平洋の十二カ国。地域を限った協定ですが、目指しているのは自由貿易の推進です。相互依存が深まる中、参加各国がさらに市場を開き、取引を増やすことで互いに豊かさを実現する−という目標を掲げます。
移民排斥などの発言を繰り返すトランプ氏ならいざ知らず、大統領と同じ民主党のクリントン氏まで雇用を守ると訴えて、保護主義的な内向きの姿勢に転じました。
自動車の場合、日本から米国への輸出にかけられる関税は2・5%。昨年十月の大筋合意は「それを二十五年かけて段階的に撤廃する」という緩やかな内容です。ミシガン州の自動車産業に大きな影響はないとの見方もあるのです。
◆広がる格差の影響
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内向きの背景にあるのは深刻化する米国内の貧富の格差です。高所得者と、圧倒的に多い中・低所得者の間の止まらない格差の拡大。TPPは大企業の利益になるだけで、雇用を脅かし格差をさらに広げる−働く人たちの強い不安、不満です。
TPPにはもうひとつ、自由貿易推進とは別の顔があります。
民主主義、自由経済を主導してきた米国と経済、軍事で台頭する中国との覇権争いです。
米国は参加国の経済成長をTPPで取り込みながら、東アジアでの影響力を維持したい。一方、TPPに参加していない中国は、自ら主導する別のグループ作りを模索しています。
米国にとって重要な戦略でもあるTPPに、二大政党の候補がともに反対する。格差の問題は貿易の自由化だけでなく、米国の国際戦略にも大きな影響を及ぼしかねない状況です。
日本はどうでしょう。
秋の臨時国会は二十六日に始まります。テーマは大型の経済対策とTPPです。
先の国会では野党の反発、甘利明前TPP担当相の金銭授受疑惑などで継続審議になりましたが、TPPは安倍政権の成長戦略の柱のひとつです。日本の国会がいち早く承認することで、滞る米国の議会承認を後押しする狙いもあるといいます。
でも働く人たちの暮らしぶりはどうでしょうか。
非正規社員が四割という数字を持ち出すまでもなく、バブル崩壊後の長い景気低迷、就職氷河期、賃金の低下で受けたダメージは想像以上に深刻です。
さすがに安倍政権も、これまでの企業収益重視から、同一労働同一賃金や非正規の待遇改善などへと政策の舵(かじ)を切り始めました。
経済界からも「まず格差の是正を」「世界の混乱の原因のひとつは格差」といった声が出始めています。数年前には聞かれなかった発言です。
先進各国の成長力が鈍り、格差が広がる現状に資本主義の行き詰まりが指摘されています。同時に、反移民や反自由貿易を標榜(ひょうぼう)する政治家や政党が勢いを増し、協調や協力ではなく、内向きの保護主義や対立へ向かう危機感も高まっています。
日本は引きずられて内向きになってはいけない、閉ざしてはいけない−というのがTPP推進派の理由のひとつです。
◆働く人たちの利益を
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強い者にはその通りかもしれない。でも、内向きを食い止めるためには、自由競争に偏った経済が生んだ格差の是正が何より重要です。働く人たちが深い傷を癒やし、将来に自信を持ち、前向きになる。そうして初めて、多くの人の利益になる新たな貿易に取り組めるようになる。今は立ち止まって考える時ではないでしょうか。
八月十一日。リオ五輪で女子200メートル平泳ぎの金藤理絵選手が金メダルを取るなど、水泳陣の活躍に歓声が上がりました。でも環太平洋連携協定(TPP)推進派の人たちには落胆の日です。
それまで言葉を慎重に選んできた民主党の大統領候補、ヒラリー・クリントン氏がTPPに反対を明言したのです。
◆早期発効に暗雲
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アメリカの自動車産業の集積地、ミシガン州での集会です。
「現在も選挙後も、大統領になってからも反対する」
「雇用を減らし、賃金を下げるすべての貿易協定を止める」とクリントン氏は訴えました。
共和党候補のドナルド・トランプ氏は「TPPからの撤退」を繰り返しています。議会承認のカギを握る米下院議長も再交渉を求めており、協定の早期発効に暗雲が広がりました。
TPPはオバマ大統領の最重要政策のひとつです。
参加国は日米豪やマレーシアなどアジア太平洋の十二カ国。地域を限った協定ですが、目指しているのは自由貿易の推進です。相互依存が深まる中、参加各国がさらに市場を開き、取引を増やすことで互いに豊かさを実現する−という目標を掲げます。
移民排斥などの発言を繰り返すトランプ氏ならいざ知らず、大統領と同じ民主党のクリントン氏まで雇用を守ると訴えて、保護主義的な内向きの姿勢に転じました。
自動車の場合、日本から米国への輸出にかけられる関税は2・5%。昨年十月の大筋合意は「それを二十五年かけて段階的に撤廃する」という緩やかな内容です。ミシガン州の自動車産業に大きな影響はないとの見方もあるのです。
◆広がる格差の影響
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内向きの背景にあるのは深刻化する米国内の貧富の格差です。高所得者と、圧倒的に多い中・低所得者の間の止まらない格差の拡大。TPPは大企業の利益になるだけで、雇用を脅かし格差をさらに広げる−働く人たちの強い不安、不満です。
TPPにはもうひとつ、自由貿易推進とは別の顔があります。
民主主義、自由経済を主導してきた米国と経済、軍事で台頭する中国との覇権争いです。
米国は参加国の経済成長をTPPで取り込みながら、東アジアでの影響力を維持したい。一方、TPPに参加していない中国は、自ら主導する別のグループ作りを模索しています。
米国にとって重要な戦略でもあるTPPに、二大政党の候補がともに反対する。格差の問題は貿易の自由化だけでなく、米国の国際戦略にも大きな影響を及ぼしかねない状況です。
日本はどうでしょう。
秋の臨時国会は二十六日に始まります。テーマは大型の経済対策とTPPです。
先の国会では野党の反発、甘利明前TPP担当相の金銭授受疑惑などで継続審議になりましたが、TPPは安倍政権の成長戦略の柱のひとつです。日本の国会がいち早く承認することで、滞る米国の議会承認を後押しする狙いもあるといいます。
でも働く人たちの暮らしぶりはどうでしょうか。
非正規社員が四割という数字を持ち出すまでもなく、バブル崩壊後の長い景気低迷、就職氷河期、賃金の低下で受けたダメージは想像以上に深刻です。
さすがに安倍政権も、これまでの企業収益重視から、同一労働同一賃金や非正規の待遇改善などへと政策の舵(かじ)を切り始めました。
経済界からも「まず格差の是正を」「世界の混乱の原因のひとつは格差」といった声が出始めています。数年前には聞かれなかった発言です。
先進各国の成長力が鈍り、格差が広がる現状に資本主義の行き詰まりが指摘されています。同時に、反移民や反自由貿易を標榜(ひょうぼう)する政治家や政党が勢いを増し、協調や協力ではなく、内向きの保護主義や対立へ向かう危機感も高まっています。
日本は引きずられて内向きになってはいけない、閉ざしてはいけない−というのがTPP推進派の理由のひとつです。
◆働く人たちの利益を
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強い者にはその通りかもしれない。でも、内向きを食い止めるためには、自由競争に偏った経済が生んだ格差の是正が何より重要です。働く人たちが深い傷を癒やし、将来に自信を持ち、前向きになる。そうして初めて、多くの人の利益になる新たな貿易に取り組めるようになる。今は立ち止まって考える時ではないでしょうか。